先生がSyrup16g好きであることを知ったのは、実はGRAPEVINEがきっかけだ。
僕がIT・WEB系の専門学生だった頃。
学習成果発表会という場で、自分の作ったサイトを先生や同期の前で発表した。
僕は架空のバンドのホームページを作った。
そのバンドのCDデザインをGRAPEVINE『イデアの水槽』を参考にして制作した。
無事に発表が終わり、数日が立った。
架空のバンドのホームページの手直しをWEB科の教室でしていた時、先生が僕に話しかけてきた。
「松浦君の発表よかったよ。『イデアの水槽』名盤だよね...」
「あ、ありがとうございます!GRAPEVINE知ってるんですね?」
先生との初めての会話はそんな感じだった。
先生はIT科の先生で、WEB科の先生ではなかったため、接点がなく、今までに話したことがなかった。
GRAPEVINEの話は、僕が若いのにGRAPEVINEを知っていることに驚かれて、僕が「『スロウ』は一生聴くだろうと思います。僕が30歳になっても、40歳になっても」という感じでオチがついた。
ちなみに、先生は30代だった。
そして間が生まれ、数秒後に先生がこう切り出した。
「松浦君。実はね。松浦君は知らないだろうけど、僕はSyrup16gというバンドが一番好きなんだ...」
僕はビクリと震えた。
実社会で「Syrup16g」という言葉が肉声として耳に入ってきて、瞬発的(恐らく、それは真空を切り裂くほど高速)に、
「し、知ってます!いちばん知ってます!せ、生活!」
と思わず叫んだ。
僕は先生と出会うまで実社会でSyrup16gの話をしたことがまったくなかった。
Syrup16gについては専らTwitterでしか話したことがなく、実社会で、それも学校で話せるようになることに、この上なく興奮した。
昨日より今日がとてつもなく素晴らしく思えた。
その日から、僕とSyrup16g好きの先生とのやりとりが始まった。
印象的な会話が3つほどあった。
1つ目。
僕が風邪をひき、患者となり、マスクを着けて登校した時。
すれ違いざまに「松浦君、水色の風邪ですか?」と声をかけられ、「鼻が霧の雨です」と返したこと。
2つ目。
先生が骨折し、手術のために入院した。
退院後の初出勤日に「先生、生還ですね!」と話しかけたら「僕は生還というより昇華ですねー」と返されたこと。
そして、3つ目。
僕の卒業式の時。
専門学校の職員の一人一人が式典で、卒業生に祝辞を述べた。
先生は、こう切り出した。
「卒業おめでとうございます。いや、なんか違うな。おめでとうというより、僕は卒業お疲れ様ですという感じですかね」
患者がいた。そこに重篤な患者がいた。
他の先生は「卒業、おめでとう」という華やかな言葉しか使わなかったのに、先生は「卒業、お疲れ様です」と現実を突きつけた。
それはSyrup16gのように絶望を突きつけて希望に気づかせてくれるような感覚に似ていた。
先生の話が終わり、僕は冷たい掌で人一倍に拍手をした。
専門学校に入学してSyrup16g好きの先生に出会えたことが一番の思い出。
好きなバンドを好きなだけ、それも学校で話せた。
そういえば、卒業式の後、枯れてしまう前のさくらの花を横目に僕が帰宅の準備をしていた時。
先生が僕に、こう聞いてくれた。
「松浦君。これから生活はできそうですか?」
「それはまだです」
僕は、答えた。