僕がゲスト&シェアハウスの管理人をしていた時。
運営会社のインターンとして来た女子大生が住人として1ヶ月間ほど入居することになった。
初対面の際、自己紹介を兼ねて、横向きにしたA4白紙の左側にボールペンで僕のプロフィールを書き、右側に彼女のプロフィールを書いてもらうことにした。
名前、生年月日、性別、出身、最終学歴を書きあった。まるで履歴書の見せ合いだった。
好きなものも書き合った。彼女のそれにホワイトチョコがあった。
仲を深めるために1ヶ月間内に話したことの中からお互いの共通点が見つかるたびに紙の中央に書いていくことにした。それはただの興味本位だった。
夜な夜なシェアハウスの共有スペースで彼女と会話を続けていくうちに、 ジブリが好きだとか、無印良品が好きだとか、不登校だったとか、20代前半に歯科矯正を終えたとか、認知度が低いあるyoutuberが好きだとか、初めて買ったCDが同じとか、成人式に行ってないだとかの共通点があることで秒速的に惹かれた。
共通点が増えるたびに管理人と住人という関係性は崩壊していった。
彼女のインターンが終わり、一人暮らしの彼女の家に僕が通うようになった。
逢うたびに会話を重ねていった。
極め付けの共通点が、彼女には「高校の頃、安楽死に関する小論文を書いてクラス内のコンテストで上位になった経験」があり、 僕には「高校の頃、楽に死ねる方法をまとめた記事をキュレーションサイトに投稿して検索上位になった経験」があった。
死生観まで類似していて、運命の人なんて言葉を信じてしまうほどに僕は彼女に入れ込んでいった。
「もし僕が女だったら、たぶん君みたいだった」とか「たとえば私が男なら、あなたみたいでした」とか言い合って、口の周りが粘りつくほどのキスをしあっていた。
それを客観視すると傷口をベタベタと唾液で塗すような舐め合いに思えた。
付き合うようになって3ヶ月ほど経った時。僕はゲスト&シェアハウスのお客さんや住人が増えたことで仕事の忙しさが増し、彼女は学業と就活で多忙になっていった。
お互いの優先最高順位が恋愛ではなくなっていた。 会う約束よりも、会えない口実が増えていった。
1ヶ月間ほど会えない期間が出き、やっと少しだけ落ち着いたとある日に彼女から「荷物を取りに来てほしい」と連絡があった。
荷物を取りに行くと、玄関に僕のものがすべてまとめられていた。
「別れてほしいです…。」と彼女は僕に告げた。別れたい理由は「傷つけたくないから」だった。
僕が「それだけなの?今でも十分に傷つけあってると思うから、別れるまでしなくてもいいんじゃないのかな?」と返すと、 彼女は「いいとは思えなくなりました。友達…かな…」と返してきた。
「…じゃあ、それで」と半ば投げやりに僕は返した。
悲しくないわけではなかった。
荷物を自分の車に詰めたあと、糸がぷつんと切れたように緊張がなくなり、どっと涙が出た。
僕と彼女は冷めるタイミングも共通していた。 冷めた理由は、お互いに自分のことで忙しくなって他人に時間を割けるほどの余裕がなくなったからだと考えた。
実は彼女に別れを告げられた日に、僕は彼女にホワイトチョコと別れの手紙を渡そうとしていた。
彼女が別れを告げなかったら、僕が別れを告げていた。
結局、ホワイトチョコと別れの手紙は渡せなかった。
別れの手紙を受け取られなかったことで、僕も別れを告げようとしていたことを彼女が知ることはなかった。
けれど、最後に“とある日に別れを告げることを決意”という共通点が出来た。
その共通点は、A4紙の中央に書かれることはなく、彼女が知らなくて僕だけが知る相違点となった。